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引き算の、ビスポーク。

スーツのオーダーに際して旧い外国映画を参考にされる方は多い。たとえば、ここ15年くらいだが、抑制の効いた‘60年代の映画に登場する簡素なスーツをオーダーされる方が目立つ。チャコール・グレーの3釦スーツ、白シャツに黒ニット・タイを合わせるスタイルがその典型かもしれない。

当時のヨーロッパ映画を観ると、国を飛び越えてモノトーンなコーディネイトは共通していることがわかる。仏映画のアラン・ドロンやイヴ・モンタンなど、白いシャツに黒いニット・タイという組み合わせがいたるところで見かけられ、当時の欧州大陸的=コンチネンタルな流行であったことがうかがえる。

ここで着目したいのが、スタンダード・スーツ(ビスポークが限りなく既製服に近づいた時代)の存在だ。イメージ的にはサヴィル・ロウ スタイルだが、典雅な雰囲気や華美な香りを極力排している。たとえば、マイケル・ケインがワーキングクラスのアンチヒーロー的なスパイを演じた映画「ハリー・パーマー シリーズ」(英‘65年~※)で着ているスーツだ。

スーパー・スパイではなく、現実的な宮仕えの諜報員を描くという映画の狙いからだろうか、ごく日常的な服装の着用に終始している。3釦のダーク・スーツにバルカラー・コート(和製英語でステンカラー・コート)、黒縁のセルフレーム(ロンドンのCurry & Paxton社製)といういでたちだ。この何も足さない「普通さ」が、実に潔い。ブリティッシュ・スーツというと、いわゆる貴族的なテーラード・スタイルだけに目が行きがちだが、ミニマリズムが表現された引き算の普通服(リアル・クローズ)を、あえてビスポークで、しかもヴィンテージ服地などにこだわって楽しむのは、かなりの高等テクニックと言えるだろう。

※「国際諜報局」1965年/「パーマー危機脱出」1966年/「10億ドルの頭脳」1967年 イギリス映画

キャスト|マイケル・ケイン/ガイ・ドールマン/ナイジェル・グリーン他