かつてはあまりにも日常的過ぎて、英国人は自分たちが持つ歴史的なアーカイヴに価値を見出すことが苦手だった。
英国で暮らしていれば「英国調」なんて言葉があまり意味を持たないことはご承知だろう。英国のアーカイヴの価値に気づき、そこに価値を見出して珍重してきたのは、アメリカや日本などの外国なのだ。ハリウッドに渡って成功する貴族出身の英国人俳優みたいなものかもしれない。
そもそも英国はアイテム自体が少ない。生活の幅が狭く、自然のロケーションも島国だから狭い上、特権階級の中だけでいわゆる外国から見た英国調文化が育まれてきたためだろうか、ほとんど拡がりがない。
サヴィル・ロウの移り変わりも同じように映る。’90年代を前にしてどんどん老舗は大手企業に買収され、また老舗テーラーそのものの入れ替わり、世代交代も行われた。そして台頭したのが、往年のサヴィル・ロウ スタイルではなく、世界で戦える新しいインターナショナルな英国スタイルだった。
唯一、老舗テーラーの多くが厳然と受け継いできた英国式なるものは、”顧客の注文に真摯に応える”文化ではないだろうか。つまり、奇異であっても「こういうスーツを作れ」と言われれば忠実に仕立ててさしあげる職人としての矜持だ。
ジョン・ロブだって、舞踏会用の10センチヒールを作れと言われれば、得手不得手にかかわらず最高の技術で応えてくれる。英国調アーカイヴ・スタイルという以前に、顧客次第で何でもつくる文化を彼らは育んできたのだ。’60年代のロック・ミュージシャンが「イタリアっぽいスーツを」という注文に応えたことからモッズ(モダーンズ)が生まれたし、かつてはミック・ジャガーの注文に応えたトミー・ナッターというサヴィル・ロウのスター・テーラーも登場した。
そして現在のサヴィル・ロウはといえば、海外ブランドが店舗を買収し、モード・ブランドも軒を並べるファッション・ストリートの様相を呈している。