昔から服装に関する人間の心理には、相反する2つの欲求が存在すると言われている。ひとつは「他人と同じものを着たくない」というもの。もうひとつは、「他人と同じでありたい」というもの。
たとえば、街ですれ違う他人が自分と同じものを着ているのを発見したときには、何だか不愉快な気分がこみ上げてくる。他方、奇異な格好で自分だけが目立っていると、何となく不安になるものだ。
前者についてだが、多くの人は他人とは違った服地やスタイルを求めようとする。しかし、男性の場合はビジネス上のルールが存在するため、野放図に変わった格好はできない。だから、「自分だけのこだわり」という非常にさり気ない差異化・差別化の道を探るようになる。袖口のボタンのしつらえ、コージの位置、ヴィンテージ服地で仕立ててみる・・・、と言ったオーセンティックな制約をかいくぐった自分だけの満足を楽しんだり、優越に浸ったりしたくなる。
後者では、それとは逆に社会性とでも言おうか、「人様と同じように見られたい」という同調性が頭をもたげてくる。これは2つの欲求に分類できる。ひとつは、求める社会階層や憧れの対象となる人物のレベルにまで自分を引き上げたいと願うもの。他方、大勢の大衆の中で「人並み」の暮らしを過ごす安心・安住を望むもの。やっかいなのは、これらの相反する欲求が整理されず混在しているところにある。つまり、多くの人は他人に対して「優越」でいたい反面、「同調」もしていたいと考えるからだ。
ビスポークは、こうした複雑で戸惑いをともなう服装心理を解決するのに持ってこいのコンサルティングと言える。それは、いかにして他者との差異を作るか、いかしにて社会の規範に収まるのか、を調合するテーラーならではの技を活かせるからに他ならない。既製品では差異性(デザイナー系ファッション)か、同調性(量販系スーツ)かのどちらかに傾くことしかできない。
実はこの「差異欲求」と「同調欲求」の配分こそが、クライアントである「着る人の個性」を形づくっている。我々テーラーの仕事は、その配分を洞察し両立させうる個別の「解」を導き出すことが本質なのだ。