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ノー・マーケティング。

DH

マーケターという職業がある。大雑把に言ってしまえば、市場の可能性を分析しながら、想定客層のニーズを汲み取った製品やサービスを適宜に投入し、大きな利益を稼ぎ出す仕事だ。ほとんどの商品は、マーケターによる市場科学を基に、多様な販売戦略をもって市場投入されている。それでも新製品の約7〜8割が失敗している(イギリスの学者、ジョン・フィスク)との指摘もある。

男性衣服の世界、とくに既製服ではマーケティングの取り組みは欠かせない。たとえば、既存のスタイルを否定する、伝統的なものに手を加えて鮮度をよみがえらせる、権威のあるブランドのライセンシーを買う、デザイナーの個性と名打って、奇異・奇抜なデザインを提案する。これ以外にも、方策(戦術)はいろいろある。しかし、ほとんどの手法はすでにやり尽くされており、その実効性にはかつてほどのパワーはない。

一方、ビスポークは大勢の生活者に大網をかける旧来の量販マーケティングの対極にある。注文いただく顧客一人一人と面談・応対するため、ニーズは甚だ明解。それぞれの顧客の志向/職業/体型と直に向かい合うことができる。ニーズのプロファイルが明解なだけに、いい仕事をすれば顧客が得られる満足は既製服の非ではない。したがって、テーラリングにおいては、机上で知恵を働かせるマーケターは必要ない。世界にただ一人の顧客の要求に向かい合い、彼らのインサイトや魅力を引き出せる(理想の方向へ導く)テーラーかフィッターがいればいい。

ダグラス・ヘイワード(1934−2008)という英国人のテーラーがいた。独自のカットを発案したこともなければ、サヴィル・ロウで老舗を経営していたわけでもない(彼はメイフェアのマウント通りに店を出した)。しかし、スティーブ・マックイーン(※1)、ジェームズ・コバーン、マイケル・ケイン、レックス・ハリソン、リチャード・バートン、ロジャー・ムーアなど、蒼々たる顧客を抱えていた。これらの有名人たちが着ているスーツにはスタイルに限ればほとんど共通性がない。各々の顧客のキャラクターに合わせてスーツが仕立てられているように見受けられる。そして、必ずキャラクターを前面に引き立て、スーツだけが主張することは一分もない。むしろ、スーツは凡庸にすら見えてしまうのだ。

彼の顧客の一人であったジェームズ・コバーンは、仕事着としてツイード・ジャケットを好んで着ていたヘイワードのことをこう呼んだ。「ツイードを着たロダン(※2)」と。

(※1)マックイーン主演の「華麗なる賭/Thomas Crown Affair」で彼が着た3ピース・スーツはダグラス・ヘイワードの仕立てである。

(※2)19世紀を代表するフランスの彫刻家。

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Bespoke Tailor batak.