- 2016.09.23
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batak Blogでは、これまでに映画に関する情報や感想をお届けさせて頂いてますがまたまた私は名作と出逢う事ができました。それは・・・
「人情紙風船」1937年公開/東宝・モノクロ 86分 監督:山中貞雄[/caption]
この作品はチャンバラシーンが一切なく、登場人物のセリフが現代語であるため当時としては斬新な時代劇だったことが容易に伝わります。貧乏長屋で暮らす人々の生活や人柄が鮮明に描かれておりカメラワークのキレの良さ、展開運びのセンスを感じます。気が付けば山中ワールドに引き込まれておりました。
ストーリーは、二人の主人公(海野又十郎・髪結いの新三)を中心に進んでいくのですがどちらも“ヒーロー”ではなく、“アウトロー”と形容したくなるキャラクターです。病み上がりの武士の海野又十郎はなかなか再就職できず、妻のおたきが内職(紙風船作り)で家計を支える。隣家に住む髪結いの新三は個人で賭博を開いており、地元のやくざ一家から睨まれてしまいその後、売上を奪われて無一文になる。ひょんなことから、この二人の間に友情みたいなものが生まれお互いを助け合う関係になり、物語は後編へ進むのですが、残念ながら暗鬱な結末を迎えてしまいます。衝撃のラストとも言える幕引きに、恐らく当時から映画通の方はいろいろ議論されたに違いありません。正直言いますと、私は一回の鑑賞だけでは物語の本質を汲み取れませんでしたので、数回観直しました。
見どころを一つ挙げるとすれば又十郎の救いようのない“ダメ夫像”が胸にジーンと響きます。仕官の口を世話してもらえないかと、下手な作り笑顔で何度も地元のお偉い方を訪ねては追い返されます。家に帰れば、おたきから冷たい口調で「今日はどうでしたか?」と聞かれ又十郎は事が順調に進んでるかのような嘘をつきます。嘘を繰り返した挙句、就職できないまま新三の悪行に加担する事となり真面目だけが取り柄だった、この浪人武士がこの上なく情けない姿で画面に映し出されます。そして痺れを切らした、おたきが取った行動に衝撃が走ります。その結果は、ぜひご自身で鑑賞して頂ければと思います。
(大阪店 長澤)
PS: 驚くことに、監督の山中貞雄は27歳の時にこの映画を撮っています。よくこれ程、しっかり人間社会を冷静に深く描けたなと感心させられます。しかしながら、山中貞雄はこの映画の封切り当日に召集令状が届き、中国へ出征しました。翌1938年9月17日赤痢により戦病死。志半ば28歳という若さでこの世を去った彼の気持ちを考えると“無念”という言葉以外見つかりません。生前、戦地で書き残した手記にはこんな言葉があります。「紙風船が遺作とはチト、サビシイ 友人、知人には、いい映画をこさえてください」。5年間の監督生活で発表した作品は26作品ですが、ほとんどのフィルムが紛失または戦火で焼失したため現存する山中監督の映画は3作品のみです。ぜひ、残りの2作品も鑑賞したいと思います。