Column

進化している、サック・スタイル。

⬆️身体のラインに沿わせた、かつてのサック・スーツ。いわゆるアメトラのイメージとはずいぶん違います。

「サック・スーツ」についてご存知の方は多いかと思われます。しかし、このスーツ・スタイル、なかなか定義が難しいのです。’60年代のアイビー・スタイルだ、という人もいれば、歴史のある某既製服ブランドが考案した胴が袋(サック)のようにズンドウなスーツの革新様式らしい(その原型となるオリジナルのスーツはその後の同社の看板スタイルとなるスーツとはまったく違うカタチ)。さらに海外の文献に記されている本質的な定義としては、“フロック・コートを簡略化”させた現代のスーツ様式に直結する簡潔なもので、「英国の現代スーツ様式の起源である“ラウンジ・スーツ”と同義」との記述も散見されます。スーツのカタチで見ると、身体のラインに沿ったズンドウではないもの(広告イラストのような)、明らかにウエストを絞ったもの、典型的ないわゆるフロント・ダーツのないズンドウなものなど、時代の変遷も加味されてその様相は多様です。

日本では’60年代の「ナチュラル・ショルダー、3つ釦段返りラペル、フロント・ダーツなし(ズンドウ)」といった定義のものを指すのがメディア情報の通例ですが、海外ではオリジンが「ラウンジ・スーツ」と同義であると類別されるように、ウエストを絞るサック・スタイルも多数存在しているのです。

2017年の現在、いわゆる「サック・スーツ」の既製品展開は減少し、ビスポークで仕立てたもの以外、ほとんど見かけることはなくなりました。しかし、ビジネス・スーツとして捉えた場合、機能に振ったその合理的な様式を評価しないわけにはいきません。むしろ、超成熟社会と言われる今の時代(※)にこそふさわしい、無駄のない完成されたスタイルだと断言できます。

たとえば、フィットを考えながらもコンフォートを工夫したカッティング。これは、ビジネス・スーツに不可欠な“動きやさすさ”を追求した結果です。ビスポークであっても、「ゆとり」を持たせるフィッティングの技がそこかしこに取り入れられています。“動きやさすさ”は着る人の躍動と相まって“仕事ができる男”の印象を他人(ひと)に与えてくれるのです。別の言い方をすれば、むき出しの華やかさはありませんが、堅実で仕事に邁進するエリート・ビジネスマン(一時期、米国北東部出身のエグゼクティブに支持されたために)というイメージを着る人にもたらすのでしょう。

もうひとつ、サック・スタイルには顕著な魅力があります。リラックス・イメージです。要するに貴族の生活を出自とする、張り詰めた輪郭の典雅なスーツとは違い、「ゆったり=イージー」「くだけた=フランク」スタイルを追求しているため、ブレザー&トラウザーズのようなオフ・ウエアも難なくこなすことができるのです。だからでしょうか、世界中のブレザーの8割が多かれ少なかれサック・スタイルを出自に持つと考えられています。

ひとつ誤解しないでいただきたいのは、量産既製服の作り方をベースにしたスタイルであるとの都市伝説です。この認識は19世紀末から続くサック・スタイルの長い歴史のなかで、1960年代以降に顕著となった一過性のものに過ぎません。米国の服飾産業全体が機械化・量産にシフトしたことがその主たる要因だと考えられます。その後は度々洗練が加えられ、バタクで扱う現代のサック・スタイルに至っては、ビスポークで誂えるからこそその本来の魅力を発揮するように進化しています。と言うのも、上等な服地、手縫いの縫製、絶妙なゆとりを計算に入れたサイジングで仕立てるサック・スタイルは、一歩引いた大人の余裕を心得ているお客様のご要望に応えて来たからこそ、現在まで生き延びることができたのです。おそらく、現代の若者が着ると野暮ったさだけが目についてしまうスーツになりかねません。

さて、お客様なら最新のサック・スタイルをどうビスポークなさいますか?

超成熟社会発展の経済学/斉藤潤・駒村康平・樋口美雄 編著 (慶應義塾大学出版会)より

⬆️「バタク・サック」