Column

スーツの肩越しに、キリスト教が見える。

英国やアメリカから欧州大陸を概観するときに、「コンチネンタル(大陸的な)」という言葉がよく使われました。こと英国から欧州大陸を見据えたとき、そこには特別な意味があることをご存知でしょうか。

フランスやイタリアといったラテンの国々の多くは、キリスト教のローマ・カトリックを信仰しています。一方で英国はと言えば、15世紀の宗教改革以来キリスト教プロテスタントの震源地となった地でしたカトリックとプロテスタント。両者にはキリスト教に対する解釈の差違がいくつかありますが、その信仰から生まれる文化様式の二項対立には、クリスチャンでなくとも興味をそそられるエピソードがあふれています。

典型的なものが、教会建築です。カトリックの荘厳で装飾的かつ煌びやかな様式。他方、シンプルで禁欲・質実なプロテスタント様式。とくに、プロテスタントの教会建築はモダニズム建築の非装飾的なデザインの土台にもなっていると言います。おもしろいのは、これらのデザインが他のジャンルにも波及しているところです。たとえば、クルマに対するモノづくりの発想を見てください。英国はプロテスタントの国らしく、真面目で目的に対して純粋(ピューリタニズム)です。オリジナルのMINIを設計したアレック・イシゴニスの簡素でいながらまったく無駄のないパッケージングがその事例でしょう。また、ロールス・ロイスに見る一見典雅に思えますが、その実、何十年使っても丈夫なコノリー・レザーの使い方なども顕著な例かもしれません。それに比べ、カトリックの国であるフランスやイタリアのクルマは、フェラーリやアルファ・ロメオを例にとるまでもなく、官能的であり耽美な思想が際立ちます。とくにカトリックの総本山があるイタリアにはその気運が顕著です。現代の彫刻家、カロッツエリアが描くボディスタイリングなどは量産・合理性を追求しているにも係わらず、なぜか装飾的で艶やかさを失いません。

さて、紳士服にもこのキリスト教的な文法が脈々と息づいていることにお気づきでしょうか。端的に言えば、プロテスタントの精神を体現する英国のスーツは簡素で真面目です。対するカトリックの感性を受け継ぐフランスやイタリアのスーツは男の色香を前面に押し出し、艶やかでメンズモードの流行を牽引してきました。こうしたドーバー海峡を挟んで英国から見た異なる文化=「コンチネンタル(大陸的な、昔から続く)」の差違が次第に縮まっていくのが1960年代でした。文化面においてプロテスタントとカトリックが互いに影響し合う状況が生まれるのです。

英国のシンボル、ロールス・ロイスはまるで伊ミケロッティ(イタリアのカーデザイン工房)の仕事のような吊り目のライト・デザイン(チャイニーズ アイ)を採用したり、サヴィル・ロウに隣接するコンジット通りに「コンチネンタル・スタイル」に強いテーラーが軒を連ねたりしました。一方、欧州大陸はと言えば、地味で控え目な英国志向のテーラーや服地商がもてはやされるようになります。後にイタリアでは、これらの志向を持った業者たちが、商業組合として’80年代末に「クラシコ・イタリア」を立ち上げています。

このように、「ブリティッシュ=島」と「コンチネンタル=大陸」が混交し合い、やがてその流れがニューモダンとして確立してくのですが、両者に共通する概念として存在したのがドレープ・スーツの様式でした。胸を幅広く取って一気に腰を絞る逆三角形。この身体的な”男らしさを強調する” シルエットにこそ、島と大陸の違いを超えて存在するスーツの普遍性が求められたのです。’80年代、世界を席巻したジョルジオ・アルマーニのデザイン・スーツにもその影響が見て取れます。幅広い肩、そこからウエストやヒップへと絞り込むシルエットは、ドレープ・スーツのデフォルメであり、「コンチネンタル」の’80年代的モード解釈でもあったわけです。

バタクではピューリタニズム的な英国テーラリング以外にも、宗教文化の影響を受けながら育まれてきたフランス、イタリアにおけるドレープ・スーツの解釈について、古着を分解し、仕立て方法のアイディアを研究してきました。その対象はフレンチ・コンチネンタル、イタリアン・コンチネンタル、そしてブリティッシュ・コンチネンタル(大陸と英国のハイブリッド)に及びます。これらのスタイルでお仕立てになりたいお客さまは、是非、フルハンドメイド・オーダーbatak bespokeの門戸を叩いてください。きっと、バタクの意外な一面と出会えることでしょう。