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シャツ|男の色気は、白シャツにあり。

シャツは下着として素肌に着るのが常識であったためか、映画の中で度々 性的なメタファー(隠喩)に使われます。ハンガーやフックに掛けられたシャツ、ベッドに脱ぎ捨てられた高級素材のシャツ。シャツが脱いであるシーンは、男性の役者が裸身であることを暗に想起させるわけです。

男の色気をシャツで表現している作品のひとつに、コリン・ファース主演の「シングルマン」(2009年公開)があります。シャツを素肌の上に着てベッドに横たわる姿には、セクシャリズムとゲイ的なメッセージが込められていることは容易に想像できます。映画ジェイムズ・ボンド シリーズの中では、ショーン・コネリーの作品にシャツを着たシーンが度々登場します。出色は2作目の「ロシアより愛をこめて」(1963年公開)です。オリエント急行客室での情事を想起させるシーンにご注目ください。そして、女なしでは生きられない男の役者を描いた「甘い追憶」(2007年公開/ドキュメンタリー)のマルチェロ・マストロヤンニ。彼はカトリック的文化を体現したシャツの着方を見せてくれます。男の色気がプンプンするシーンでは、シャツ1枚の装いが異性にとってどれほど性的価値があるかを改めて再認識させてくれます。

これらのシーンのシャツはと言えば、ほとんどが白地の綿ブロードです。色柄物でもサックス・ブル—といった、無地が基本のアンダーステイトな物ばかり。なにゆえ、映画では白地や淡いブルーを選択するのでしょうか。答えは明快です。着る人が醸し出す色気が主であり、シャツの存在はあくまでも従であることから、組み合わせの自由度が高い色=色が付いていないシンプルな白や白に近いブルーが選ばれるわけです。それと同時に、ビジネス・スーツにおいては上着とボトムズ、タイがキャラクターを引き立たせる役割を担い、シャツはあくまでもVゾーンから覗く構成要素です。前面に出て強く主張するものではありません。唯一その存在を印象づけるのが、シャツ1枚を羽織るシーンか、シャツを脱ぐシーンというわけです。

いまや高品質のシャツ生地メイカーはイタリアに集中しています。「トーマス・メイソン」「デビッド・J・アンダーソン」など、かつて英国のシャツ生地メイカーだった老舗ブランドが、イタリアの大手テキスタイル複合企業「アルビニ」傘下に入り、MADE IN ITALYとしてビスポーク・テーラー向けに高級シャツ生地を製造・販売しています。ブランド・キャラクターは英国。生地の品質設計および生産は北イタリアおよびその周辺国。もちろんこの背景には生産過程で必要となる「水」が関係しています。霊峰アルプスの清冽な雪解け水がシャツ生地の製造過程で品質に多大な影響を与えるからです。すなわち、水質・水量の良さが生地の発色の良さに寄与するわけです。

ビスポーク・テーラーがシャツ生地の発色の良し悪しを計る時、その指標として上質な白地を参考にします。ヌケのいい白、淀みのない白、キレのいい白。とくにフォーマル・ニーズにおける白シャツの生地選びは、ビスポーク・テーラーやシャツ生地メイカーの力量が試される場面でもあります。男の色気を自在に演出できる余白と潜在能力。テーラーと語らいながら装いの余白をどう創作していくか。白シャツの潜在能力をどう引き出すか。それはビスポーク・シャツだから楽しめる、男たちの密やかな語らいの時間と言えるでしょう。