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成熟を、着る。

             

ICT(Information & Communication Technology)やIoT(Internet of Things)など一部の情報技術を除けば、画期的なイノベーションが残されている地平はどのくらいあると推測されるでしょうか。おそらく多くの商品を比べても、機能や利便性に大差はありません。機能性・便益性の次に競走平面となるスタイリング&トレンドはと言えば、日本が不得意とする領域であると同時に、欧米のコピーから抜け出せていません。市場に流通している商品を見比べても画期的な価値を見出す場面は極めて少なくなりました。

 モノは市場にあふれています。大量に作られる以上、大量に使われなければなりません。生活者はこの大量消費のモデルを予め背負って暮らすことになります。その典型でもあるファストファッションを例に取れば、化粧品のキャンペーンのように毎季のテーマを設定し、先進的なマテリアルを提案しては「新しさ」を打ち出しています。まるでアスリートのドーピングのように、です。

 「新しい」ということにどれだけの価値があるのでしょうか。実は身の回りにあるほぼすべての洋服はその形態において完成形を向かえています。スーツを例にとれば、19世紀末のラウンジスーツから始まり、60年代・70年代に提案された様式で固定されてほぼ出尽くした感があります(SFの宇宙服のようなスーツが未来の洋服として提案されましたが、すべて淘汰・消滅しました)。英国様式、北米のニューイングランド系様式、イタリアおよびフランスのラテン、コンチネンタル様式など。タイトか緩いか、フィティングの流行りには左右されますが、メンズスーツのスタイルは完成形、成熟局面にあり、新しいものなどないと断言できます。

 残された領域としてAI(電子知能)がフィッターの役割を担ったり、リピートオーダーを受注したりするICTを活用した対面作業が注目されています。しかし、これらのイノベーションがスーツの価値に前進をもたらすかというと甚だ疑問と言わざるを得ません。とくに大衆商品の範疇で語れないのがビスポーク・スーツです。成長社会においては、オーダースーツを所有し、着用することはひとつのゴールと言えたかもしれません。しかし成熟社会の段階を向かえると、そこに深さと質への気づきが生まれます。物理学者のデニス・ガボールが、「成熟社会とは、物質的消費の成長はあきらめても、生活の質を成長させることはあきらめない世界」と成熟社会を定義しているように、着る人が着ることと向かい合いながら、自身の「生活の質」全体を整えてくような欲求が生まれて来るわけです。90年代、「豊かな生活(戦後の豊かさへの渇望)」から「おいしい生活(新しい豊かさ)」へと、欲求が成熟していくことを宣言した西武百貨店のキャンペーンはそれを端的に表現していました。

成熟社会が常態化してゆくと、成長社会=大量生産・大量消費を前提としたモノを手に入れることがゴールの生活ではなく、欲求を掘り下げていく発想が重要になっていくはずです。したがってスーツの仕立てに関する要求は、新奇なスタイルを追うのではなく、完成されたスタイルからの選択をマストとしながら、ご自身の着方・趣味・身体の造型といった要件を「いかにカスタマイズするか」へと移っていきます。そこには、服飾業界が推進する買い替えアプローチやスタイルの陳腐化などは存在せず、自身のスタイルをただひたすら追求する強い意志=オーダーマインドが育まれるのです。ですから、オーダースーツはゴミにはなりません。ある程度のサイズマージンの範囲内であれば、生涯に近い年数を着て過ごすことが可能です。洋服づくりにおいて、まだ、新しいモノがあるとあなたはお考えですか。市場に自分にふさわしい洋服がない、とお嘆きの方。ご自身のセンスが、そろそろ成熟局面を向かえている証拠かもしれません。

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