ラタキアの強烈なスモーキーさにトルコ葉のまろやかなコク、キャベンディッシュとマセドニアンの深い甘み。「My Mixture 965」はダンヒルの代名詞ともいえるイングリッシュタイプの銘パイプタバコだ。
パイプスモーカーなら聞いたことのない人はいないだろうこのブレンドの名前は、ダンヒルが1900年代初頭に始めたサービス、My Mixtureに由来する。その965番目のオーダーということだ。ちなみに約37,000のMy Mixtureが作られ、秀逸なブレンドは製品化された。965番はその代表格としてダンヒル がタバコ事業から撤退するまでの約100年もの間、世界中のパイプスモーカーたちを虜にしてきたのだ。台帳にはこのブレンドはE.A. Baxter氏がオーダーしたものと記録されている。氏に関する情報は皆無であるが、類稀なテイストの持ち主ということは間違いないだろう。
何とも魅力的なサービスであるのだが、喫煙文化が急速に衰退している現在、サービスを行っているのはオランダはアムステルダムの老舗1件だけのようだ。ーーー顧客の好みに合わせ、TPOまで考慮されて世界に1つだけの品を作りあげる体験。それを今日でも味わえる稀有な存在として「注文服」の存在がある。
プロフェッショナルと顧客とが対話をしていく中で、年齢、用途、季節、さらには夢や憧れといった形の無いものまでも、まさしく「ブレンド」し、丁寧に組み上げていく。そしてそれが高い技術により、様々な工程を経て製作されていく、これもまた何と贅沢な体験だろう。やがて出来上がったスーツは顧客とともに人生を歩むことになる。身体の動きに沿って入る皺、生地の擦れや日焼け、修理の跡など長く付き合えば付き合うほど様々な価値(味付けともいえるだろう)が付加されていく。注文服は作って終わり、消費、消耗されていくものではないのだ。
ただ求める「ブレンド」も変化することもあるだろう。時が経てば好みや環境、似合う服も変わるものだ。その時はまたテーラーの門を潜る楽しみが待っている。