何かの香りに触れ、ふと記憶が呼び覚まされた、という経験はないだろうか?五感の中で嗅覚のみ、脳の感情と本能を司る「大脳真皮質」に直接伝達される。記憶に関わる「海馬」と呼ばれる器官もこれに属しているため、香りと記憶とは密接な関係にあるのだ。
香りといえば、テーラーにも独特のものがある。温められたアイロンや服地から漂う羊毛の香りがほのかながら私たちの鼻を喜ばせてくれる。この薫香に着目して英国の老舗香水メーカーの「Penharigon’s」が「Sartorial(サルトリアル)」というオードトワレを調合したのは記憶に新しい。サヴィルロウのビスポークテーラー「Norton & Sons」からインスピレーションを得たという。伝統的なオークモス、トンカービン、ラベンダーをベースに、仕立て屋を連想させるような香料の組み合わせ、そして現代的に甘さも感じる。
香水と服。どちらも「纏う」ものという共通点があり、互いに非常に長い歴史を持つ。香水は変性アルコール、蒸留水、香料を組み合わせて作られる。香料には天然香料と合成香料があり、それらの香調の組み合わせや香料濃度の差など様々な要素が複雑に絡み合う。紳士服においても、ロウマテリアル、糸、織り、型紙に縫製など様々な要素が絡み合う。そして、両者ともに身に纏う者を引き立て、鼓舞し、潜在している秘めたる魅力を顕在化させるような力を持っている。
香りを纏い、服を纏い、そして心のゆとりも纏いたいものだ。