「速さ」というものは大昔から我々が何かにつけ追い求めてきたものだ。「スピード感」、「即戦力」、「時短」といったキーワードが私たちの毎日に溢れている。物作りにおいては産業革命以降、速く大量に生産出来ることが正義であり成功の証になったと言っても過言ではない。そのトレンドは現在でも続いている。気のせいだろうか、街行く人々もいつも急ぎ足。アップテンポな音楽が街に流れる。
服の世界においてはどうだろうか。速く大量に供給出来ることが当たり前、そしてシーズン終わりには廃棄されてしまうことも珍しくない。そんな時代に仕立て服は逆行する、あるいは反抗する存在だ。職人の経験や知識を駆使して服地という平面から立体を作り上げていく。型紙1枚、1針のステッチにも物語やロマンがあるのだ。
batakのオリジナル服地、「バタク・クロス」は尾州でションヘル式織機という年代物の国産シャトル織機で織られている。多くのミルが導入している高速織機が24時間稼働、1日に100m以上織り上げるのに対し、ションヘル式は準備にも時間がかかり、1反織り上げるのに約4日を要する。現代では超低速織機に分類される類いのものだが、なぜ敢えてbatakはションヘル式に拘るのか。それはひとえにクオリティの追求に他ならない。ゆっくりと優しく、あたかも手織りのように織られた服地の仕立て上がりの良さ、美しいエイジングは往年のヴィンテージ生地を彷彿とさせるのだ。
「超低速」についてもう1つ。クラシック音楽界の伝説的指揮者の故レナード・バーンスタイン氏が指揮したグスタフ・マーラー作曲の交響曲第3番のライブ録音(今でも某動画サイトにて聴くことが出来る。)是非その6楽章を聴いて頂きたい。速度指示は “Langsam”。ドイツ語で「遅く」という意味だが、この録音は兎に角遅いのだ。バーンスタインの高い要求に答えるウィーンフィルの技術の素晴らしさに感服するとともにバーンスタインの糸をゆっくりと紡いでいくような指揮による荘厳な演奏に胸が熱くなってくるのだ。 「超低速」の世界はかくも美しい。