午後のコーヒーを飲みながらふと思った。「この一杯のコーヒーはどれだけの工程を経て、どれだけの手間をかけて今ここにあるのだろうか」。一昔前まではコーヒーといえば、ブレンド、アメリカン、大雑把に分けられた産地別のコーヒーが提供されることがほとんどだったが、スペシャルティコーヒーの台頭によってコーヒーの世界はより複雑に、豊かになって来た。産地は地域や農園、もっと言えば農園内のどのエリアで収穫されたものかも明記され、品種はアラビカ種でもティピカ、ブルボン、ゲイシャなどにより細分化されている。収穫した果実の精製方法までもナチュラルとウォッシュドと表記されることが多い。これらの過程を経て強烈な個性を秘めた生豆が出来上がる。そしてそれらの個性を活かすために最適な焙煎方法が選ばれる。浅煎りから深煎りまで様々な焙煎度があり、豆と焙煎士との対話とも言える。そしていよいよ抽出という工程を経て、ようやく香り高い琥珀色や漆黒の飲み物となる。
いつものコーヒーがより美味しく、より特別に思えてくる。服も同じなのではと思う。原毛や原綿などのロウマテリアルの出自はとても重要だ。例えば、ブリティッシュウールと言っても品種によって原毛の風合いは大きく異なる。そして糸を紡ぐ紡績の工程では系のゲージや撚りの強弱などが決まり、素材や撚りの異なる様々な糸を、縦横の組み合わせや織り方、速度などを変えながら生地を織る。織り上がった生地が服という「製品」であり「体験」となる。まさに厳選されたコーヒー豆から抽出された1杯のようだ。
秋。コーヒーを片手に、今日身につけている服の辿ってきた道に思いを馳せてみてはどうだろうか。