現代の仕立て服において「手縫い」は最高の贅沢だろう。ミシンの進化に伴いマシンメイドでも実現可能なことは多くなった。しかし、より繊細な表現やテーラーの哲学、顧客の求めることを服に投影するには、やはり人間の手でしか出来ないことがある。言うなれば、手縫いの仕立て服というのは、いわゆる「オールドレンズ」の世界に似ている。
オールドレンズとはフィルムカメラ用のレンズのことだ。かつてレンズには、コンピュータを使わず設計され、職人の手で磨かれていた時代があった。現代のレンズでは欠点と見做される収差やコントラストの違い、強烈なボケも、オールドレンズでは味や表現の方法とされる。その個性はプロ・アマを問わず今日でも大変な人気を博し、近年では古いレンズ構成と最新の技術を組み合わせたハイブリッドな製品も販売されているほどだ。ライカは名玉として名高いSummilux 35mm f1.4 ASPHERICAL(1990-1994) に手磨き非球面レンズを採用しているが、手で磨くというロマンや強い拘りを感じる。
機械化が完全に浸透している時代に、敢えて「手」で作る。仕立て服における「手縫い」は、「技法」でありながら「表現法」とも言えるだろう。柔らかな着心地や空気を含んでいるかのような丸み。ミシン縫いに比べてよほど手間も時間もかかる手縫いを採用することで、引き出せる表現がある。優れた職人の手によって作られた品は、洗練や品位を感じさせるだけでなく、製作に携わった人たちの時間や手の温もりまで伝わってくるのだ。