50年以上前に仕立てられた古着のビスポーク・スーツやジャケットを手に取ると、独特の柔らかな風合いやハリのある活き活きとした服地の生命力を感じることがあります。そんなヴィンテージ品質の服地が現在でも生産・流通していることをご存知でしょうか。
かつてビスポーク・テーラーが仕入れていた高級梳毛(そもう)服地はほとんどが自動で動くシャトル織機(ヨコ糸をシャトル※で打ち込む)で織られていました。登場した当時は非常に効率のいい画期的な織機だったことが想像されます。「Schönherr/ションヘル」というドイツの産業機器メーカーが製造しており、ライセンス貸与や特許を侵害しないよう大筋の機構を真似たものが世界中の織物工場で稼働していました。
日本にも仕組みや構造を真似た織機が「豊田織機」などの国内織機メーカーを通じて製造され、数多くの織物工場で稼働し、一時代を築いたと言います。その後1970年代以降はさらに高速・高効率の革新織機が次々と開発され、かつては高速だったションヘル方式のシャトル織機もレピアやスルザー、エアジェットなどのシャトルを使わない次世代高速織機に取って替わられ消えていくことになります。しかし経営的にきびしく設備投資がままならない日本のごく一部の織物工場では、老朽化したションヘル方式のシャトル織機を仕方なく修理しては使い続けていました。これが災い転じて福となるのです。
国産のションヘル式織機で織った服地はヴィンテージの高級英国服地に勝とも劣らない・・・。そんな評価が服地にうるさいテーラーたちの間で囁かれ始めます。現代の織機と比べ織布スピードが遅いため、タテ糸・ヨコ糸に過剰なテンションを与えずに済み、そのヴィンテージ服地ならではの弾性に富みながらもシワになりにくい風合いに、多くの目利きたちは注目したのです。また、シャトル織機の場合はヨコ糸を打ち込む時にシャトルを通す必要があり、タテ糸の稼働範囲を広くとらなければならず、これも奏功してキレイな織り目を可能にし、ヴィンテージ品質に心酔するテーラーたちを唸らせたのです。
現在、ションヘル方式の国産シャトル織機を稼働・維持させている工場は日本でも数社ほど。織機の生産は遠の昔に終わっており、部品の供給もありません。ヨーロッパでも皆無と言っていいほどの台数しかないと言います。したがって、ションヘル方式のシャトル織機が息途絶える日はそう遠くないに違いありません。
やがて消えゆくこの希少な低速織機で織った服地=「バタク・クロス」をバタク/バタク ハウス・カットでは店頭に多種多様ご用意しています。
※シャトル=杼(ひ)。ヨコ糸を通すときに使われる道具