Column

かつては、高級将校しか着られなかった。

テーラーでありながら、バタクではトレンチ・コートを企画・生産・販売しています。歴史のあるこのコートは、言わずと知れたイギリス・フランス軍の軍装支給品で、その歴史や製造元については、都市伝説的なものを含めて他の文献や記述に譲るとして、ビスポークから見たトレンチ・コートとはどういうものかをお話ししましょう。

ビスポークといえば、軍服を自前で仕立てることを許された高級将校の誉れ。実は、当初トレンチ・コートも高級将校だけに許されたオーダー・アイテムだったのです。無償支給品ではなく私費で購入しなければなりませんでした。おまけに、他の下級兵は着用を禁じられていたのです。購入(オーダー)はもちろん採寸して誂えるビスポーク形式。襟型や素材など注文者の意向を反映できたと言います。トレンチ・コートを着た将校の旧い写真を見ると、いろいろなカタチや素材が存在するのは、そういった理由からだったのです。

ディテールについても自由度がありました。肩のショルダー・ストラップとベルトのDリングも決まった仕様ではありませんでした。とくに、Dリングは手榴弾を付ける装備と喧伝されてきましたが、実はマップケースや短剣をベルトに備え付ける金具というのが実際の用途。これらは塹壕戦が本格化し、下級兵士にも支給され、トレンチ・コートの名称で普及する頃に確立されたスタイルとして現在に伝承されています。軍装支給品となってからは、仕様(レギュレーション)が一律化されて既製品化していくわけですが、高級将校によるビスポークは存続されたようです。さすが、貴族院がいまだに政治の一翼を担っている国です。

近年では、既製品以外のトレンチ・コートを探すのは難しく、またクラシックなディテールを模倣しているものもトレンドの下に歪曲され、本来の様式美を失っているものばかりです。やはり、トレンチ・コートの美点は「防寒雨具」としての実用性尽きると思われます。雨滴が裾に向かって流れ、ヒザを濡らさないようにするための「Aライン」と呼ばれているカッテイングなどはまさにその実用性を物語るものかもしれません。

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