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英国製毛織物は、なぜ「ハダーズフィールド」なのか?

「テイラー & ロッジ(1883年創業)」も、「スミス・ウーレンズ(1827年創業)」も、「ボアー・ローバック(1899年創業)」も、「マーティン サンズ&カンパニー」も・・。数々の老舗ミルやマーチャントが拠点や工場を構えている英国服地の聖地といえば、「ハダーズフィールド」をおいて他にありません。紳士服毛織を手がける世界3大産地(ビエラ、尾州、ハダーズフィールド)の1つに数えられる地域です。

では、なぜこの北イングランドの小都市が、毛織物の産地として世界に名だたる地位を確立できたのでしょうか。そもそも「ハダーズフィールド」があるヨークシャー地方は、11世紀頃から羊毛原料(羊の毛)を輸出する産業で栄えていました。「リーズ」、「ブラッドフォード」、「ハリファックス」、そして「ハダーズフィールド」などがその主な産地でした。

  その後英国はエリザベス1世の治世下で、「羊毛産業(原料)」から「毛織物産業(製品)」へと国の産業政策を大きく転換させていきます。さらに、産業革命期に入ると機械化によって毛織物産業をさらに推し進め、原材料である羊毛はと言うと植民地であったオーストラリアから非常に安いコストで調達するなど、国際競争力を一気に強化していったのです。

  こうして「ハダーズフィールド」をはじめ、ヨークシャー(とくに西側)の各都市には19世紀以降、数多くの毛織物工場(ミル)が起業・設立され、活況を呈することになります。しかし、20世紀に入ると石炭から石油へのエネルギー転換によりヨークシャー地方の炭鉱産業が崩壊し、毛織物産業も新興国の台頭による国際競争の激化など、新たな産業構造の変化がこの地域を直撃しました。

  産業の近代化にいち早く対応できた「リーズ」のような都市は、金融都市になるなど毛織物産業からの脱却に成功しましたが、「ハダーズフィールド」の場合は毛織物産業に依存した体質のまま現代へと駒を進めてしまいました。なぜ、この地が毛織物産業に固執したのか。それは、内陸という地理的な問題があるのかもしれません。また、都市の規模的な問題があったのかもしれません。やはり一番の要因は、毛織物産業への依存度が他の都市に比して高かったということが考えられます。

紡績会社、機(はた)織り会社、服地商社など「ハダーズフィールド」でテキスタイル関連事業を営む企業は古い暖簾も秀でたクオリティも有していましたが、マーケティングやトレンドといった面では脆弱で、イタリア製服地の台頭に対する戦略の遅れも一因だったのでしょう。英国における服地生産の衰退・経営難は外国資本の標的となり、「ハダーズフィールド」では老舗ブランドの買収や整理・統合の嵐が吹き荒れました。

ここ数年、外国からの資本注入による設備の近代化が進み、旧来の英国服地の持ち味であった堅く重い服地ではなく、柔らかく軽い服地へとモノづくりのテイストが変わりつつあります。今後は旧来の英国らしい服地はますます減少し、グローバル感覚の製品が「ハダーズフィールドの品質」として流通していくことは間違いありません。果たしてそれは歓迎すべきことかどうか・・・。

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ハダーズフィールドの名門ミル「テイラー&ロッジ」の生産現場。若い女工さんが多かったようです。

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誇らしげに輝くHuddersfieldの文字。Dugdale 社のPhotoより。
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