黒澤監督作品「天国と地獄」は製靴会社の経営権闘争の最中、主人公である重役の男に男児誘拐事件が降りかかり、優位な立場で株主総会を仕切るはずが窮地に追い込まれる物語です。劇中にシンボリックなセリフがあります。靴職人から重役へ登り詰めた三船敏郎演じる主人公が、モノづくりよりも利益やマーケティングを優先する重役たちに言い放つセリフです。シャンクもない、接着だけの作りでカタチは良いが1年ともたない。一方、他の重役たちは、我が社の作る靴はまるで軍靴(ぐんか)で女性客の気持ちを捉えていない、丈夫だがアカ抜けないと反発します。
この女性用のモード靴とは真逆に位置するのが男性用のビジネス・シューズです。耐久性は商品の大前提。さらに、ほとんどのビジネス&ドレスシューズがブラッチャーやプレーン・トゥなど完成されたスタイルの中でせめぎあっています。それは靴の色展開にも関係し、ネイビーやグレイのスーツと合わせるケースが多いことから靴色は黒色が圧倒的多数。黒以外には茶系がありますが、オフ・ウエアや夏場の明色スーツに合わせる靴色という役割がほとんど。ですからメンズドレス・シューズの場合、美術品のようなイタリアの靴を除けば、色やカタチで悩むよりスーツやジャケット & トラウザーズとの相性や調和にセンスをつぎ込むことが優先されるように思えます。すなわち大切なのは、最適化です。
靴を偏愛してやまない方がバタクのお客様の中にも多数いらっしゃいます。スーツを注文する動機が、「新しい靴を手に入れたから」という方も少なくありません。「スーツを購入してから靴を買うのは間違いだ」(落合正勝著「ダンディズム」)という考え方もありますが、両者は別々のものではなく統合された服装品でもあり、どちらかへの配慮が欠けても成立しません。紳士靴のビスポークが普及するようになり、ビジネス・シューズとスーツ(あるいはジャケット&トラウザーズ)の関係はさらに高度な最適化を求められているのが現状です。
革靴がわかるテーラー、スーツ仕立ての知見を持つ靴職人。靴とスーツに対する知識と経験がクロスオーヴァーすることでより顧客の真の要求に近づけることができると考えています。事実、すでにビスポークという対面によるモノづくりが共通のフレームとして存在しているわけですから・・・。私どもバタクには紳士靴販売を永年手掛けてきた経歴を持つ紳士服のフィッターがおります。英国製靴の聖地でもあるノーザンプトンにも足繁く通い靴に対する知見を蓄積してきました。当店では紳士靴の販売や受注は承っておりませんが、ビジネス・シューズあるいはドレス・シューズとスーツの最適化・統合化に関するアドバイスはできます。ご希望があれば、是非、お気に入りの紳士靴をお持ちになってご来店ください。靴とスーツが一体(ユニット)となった装いをご提案いたします。ちなみに、「日本の庶民が革靴を履くようになったのは東京五輪後」(竹川 圭 著「紳士 靴を選ぶ」光文社新書より)。「天国と地獄」が公開された1963年では富裕層の履き物と言えますから、製靴業はモダンなビジネスだったようです。