Column

クルマと洋服の向こうに。

ここ数年、男性服の世界とカー・デザインには共通の現象があるように思われます。成熟社会がもたらすクラシシズムへの傾倒です。大人の美学の追究や往年のデザインが持つ文化的な価値の再生に話題が集まる中、カー・デザインとテイラリング・ウエアとの時代共時性(シンクロニシティ)が向かう先には何が見えてくるのでしょうか。

〜成熟社会、もう新興国ではない〜

新しければそれだけでいい。新しい感性こそが未来を創る。時代を変えてゆくのはいつも次代の若さ。モノづくりにおいてこれらの考え方がパワーを発揮したのは’80年代が最後でした。新奇性に重点を置いたカー・デザインは日本のクルマがそうであるように、量産システムを支える新車買い換えモードとして今でも有効性を持ち続けています。そして同時に、過去をふり返らないデザインが「売れるクルマ」のセオリーとしてデザイナーたちに信仰されています。しかしよく言われるように、自動車の所有台数が右肩上がりで増えていく、新興国のような社会状況ならばそれでいいのかも知れません。1970年代、経済成長がすでにに終わり、成熟社会となって久しい日本ではプロダクト・デザインの基本理念が「新しい=正しい」のままであり続けることができるのでしょうか。

〜美しさだけを追求する〜

今どき、広告主として高級メンズ服装雑誌を支えられるのは高級時計ブランドとクルマぐらいしかないそうです。どちらもお金に余裕のない若い世代には縁遠い存在になりつつあります。人口減少・購買力減退の只中にいる若い世代に上質な生活のイニシアティブを握ることなど、たやすいことではありません。かといって成熟した大人による上質な生活様式の実現には、なぜか後ろめたさを感じるものです。これは、旧来の若者優先文化(被支配文化)が純粋で未来志向だったことに起因しているのでしょう。ただ、今となっては洗練・成熟したものの考え方の方がかえってピュアであり、若者優先を括る「新しい=正しい」は使い古された商品戦略的な臭いが際立つのです。ドイツの某自動車メーカーのディレクターは部下に対し「売れるクルマを作れ」とは一度たりとも言ったことがありません。彼らが厳命されているのは「ヘリテージから紡ぎ出される美しいデザイン(スタイリング)」を描くことだけなのです。自社のヘリテージと美の追究に打ち込む方が、先々のマーケットの嗜好を予測するよりもよほど確実性が高いからでしょうか。それとも美の追究こそがクルマを買い換える衝動的なモチベーションだと考えているからでしょうか。仮にあなたのお気に入りのテイラード・ウエアに照らし合わせるなら、美の追究しかありません。注文服においてはそもそもマーケティングなど存在しないからです。

〜「普通」の中にある本質〜

欧州のよくできた美しいカー・デザインを見て思うのが、「普通」であることの素晴らしさです。たとえば、次代を見据えた欧州車のスタイリングを見ても、何も変わったことはやっていません。きわめて高度な「普通」を突き詰めてカタチにしています。日本人のプロダクト・デザイナーは上司や同僚から「オマエのデザインは普通だね」と指摘されるのを忌み嫌うそうです。力量がないから「普通」のデザインに終始していると聞こえてしまうのかも知れません。実は「普通」のカタチにするやり方の方が何倍も難しいことを、経験豊富なプロダクト・デザイナーは知っています。美を追究する上でその解が何通りも・何十通りもあるわけではありません。むしろ「普通」の中にそれは存在します。だから、欧州車ブランドの多くは精緻なプロポーションを導き、タイヤとのバランスを調整し、まずは黄金比を洗練させて行きます。いわば「普通」を生み出す作業を積み重ねて行くのです。これはそのまま洋服づくりに当てはまります。何着も注文するお客様は、黙して「普通」のお仕立てモノをテイラーに求めます。最短距離を求めるからです。

〜成熟とクラシシズム〜

欧州と日本のプロダクト・デザイナーの意識がもっとも違う点は「クラシシズム(古典主義)」に対する受け止め方です。新車開発において、その車種のヘリテージを議論することもなく、先代の性能・技術・キャラクターを全否定してしまうモデルが日本車には多いように思えてなりません。欧州のプロダクト・デザイナーは過去をふり返ることの大切さを知っています。欧州の街並みや生活様式を見ればそれは一目瞭然です。百余年にもおよぶ建物がごく普通に当時のままの姿で街のアチコチに存在しています。クラシシズムが生活と一体化しているのです。ビスポーク・ウエアは、そんな欧州文化の象徴的な存在のひとつです。「普通」のスーツに見えて、そのモノづくりのあり方は深淵です。ドレープ(ゆとり寸)の量の違いで同じ服でも別物のような印象に仕上げることが可能です。また、クラシシズムならではの過去にアイディアを求める姿勢には、もはや洋服づくりの範疇ではとらえきれない美の追究に驚かされます。欧州の中世都市にある建造物を身体で感じてみてください。100年を超える時間の経過がもたらす空気感は、よどむどころか清冽なメッセージとなってモノづくりに刺激を与えます。私たちバタクでは成熟が創り出す息づかいを、洋服というカタチでお客様にお届けしていきます。これからも、ずっと。▇

※イラスト資料 フォーム・トレンド