必要のないものに、どれだけの価値を見いだせるか。必要ではないから思慮なく排除すると「美」は崩れていきます。逆に装飾が過ぎると、下品なものになる。そのような美意識を培ったのは、旧宮内省・宮廷宮内官であった、英国贔屓の曾祖父の姿でした。戦中でもホンブルグにダブル・ブレステッドの背広を着続けておりました。1930年代、所謂「サーティーズ・スタイル」を私が好んでいるのは、そのスタイルの本質に英国でも失われた優雅さがあるからです。当時の英国には、まだ「帝国」の矜持を抱いていた人達がおりました。そのような環境だったからこそ、優雅に装飾性を愉しむ美意識が根付いていたのでしょう。この感性は日本人の古き価値観に通じているのでは? 現代では優雅さを不必要な価値として排除してしまうように見受けられますが、それは人が人らしく生活を愉しむうえで失ってはならないものだと考えております。